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まみさん

    雨宮まみさんが死んでしまった、という。

    いつも通り、朝になっても布団の中から出られずにぐずぐずして、時計を見たら正午を回っていたのでiPhoneを手にした。手っ取り早く頭を回転させて眠気を吹き飛ばすために、わたしは寝起きにtwitterを確認する。

    適当に必要な情報を、下から上へと次々にスクロールして流していく。ふと、「雨宮まみ」という文字が目に入ったのでスクロールする手を止めた。楽しみにしている連載が更新された知らせかなにかだと思った。しかし「雨宮まみ」の次に並んでいたのは「死去」という文字列だった。

    誤報だと思った。すぐにまみさんか、誰か親しい人が「は? 生きてますけど」と反応するはずだと思って、わたしはtwitterをずっとリロードし続けた。

     リロードしているうちに、涙と嗚咽が止まらなくなった。次に吐き気が襲い、わたしは寝室から洗面所まで這いつくばって向かい、吐けるものなど何もないのに何度も吐いた。吐き疲れてそのまま座り込んで、声を上げて泣いた。

    『女子をこじらせて』でまみさんに出会ってから、まみさんはいつもわたしの前に立っていた。まみさんは、遠く後ろで転んでもたもたしているわたしに、笑顔で手を振り、「大丈夫」と手招きをしてくれた。わたしはその強くて美しく、誰よりも優しい女性の背中を追いかけていた。

    憧れていた。尊敬していた。というよりもたぶん、まみさんは、わたしの心のとても親しいともだちだった。

    生きることは、当たり前じゃない。まみさんは言っていた。

    まみさんは、"当たり前"に押しつけられるもの全てと闘っていた。自分が生きるために、命を削って書いていた。わたしはその、まみさんが心を減らして書いた文章に、紡いだ言葉に、何度も救われてきた内のひとりだ。

    自分が自分として生きるために闘い、書き続けてきたまみさんが死んでしまったなんて、わたしにはやっぱり信じられない。

    また連載は更新されて、新しい本が出るはずだと思う。だって、今もわたしの心のすぐ隣に、まみさんがいるから。そっちの方が信じられるから。


    まみさん、どうしよう、悲しくてたまりません。