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最高のパートナーの誕生日に寄せて

夫が三十三歳になった。五日後にはわたしも三十三歳になる。

二〇〇六年から付き合い始めて、二〇〇九年に結婚した。十年以上、二人で一緒に暮らしている。

大学卒業後にきちんと就職をしていた夫が借りていた武蔵小杉の1Kに、二〇〇七年、大学卒業後に高学歴無職となったわたしが転がり込んだ。わたしは情緒不安定で主に泣き喚いたりしていた。
二〇〇七年の夏、わたしが働き始めて、二人で初めて借りた中目黒の古いマンションは、背伸びをした街に住む代償としてゴキブリ軍及び湿気、尊大な不動産屋と闘った。わたしはここでも主に泣き喚いていたり、勝手に働きすぎて潰れて仕事を辞めたりした。
二〇一四年、わたしが超安定団体に転職したのを機に、三宿近くの今のアパートに引っ越した。ここは五階で見晴らしが良くて、朝には寝室に朝陽が満ちるし、夜になると小さく赤い東京タワーや羽田空港に離着陸する飛行機の強い光が見える。ベランダでは野菜を育てたり、椅子に座ってぼんやりしたりする。
しかし、わたしはここでも自分の狭量なキャパシティーを超えるオーバーワークで勝手にがんばっちゃってパンクして超安定の仕事を辞めるところだ。

それでも、どんなときも、夫はわたしのとなりにいる。
リアリストで真面目な夫は、わたしがすぐ泣き喚いたり、自己管理できずに働きすぎて仕事ができなくなったりすることが理解できないと思う。夫だったらそんな事態にはならないし、そうなる前にきちんと手を打てる人だから、わたしのめちゃくちゃな生き方は不快ですらあると思う。

それでも、どんなときも、夫はわたしのとなりにいる。
理解できなくても、わたしのことをそのまま受け入れて、必要な知恵(失業保険や傷病手当金の申請から工程管理の大切さやエクセル関数まで常識的なことの多く)を与えてくれる。
わたしがおかしくなると、わたしには見えないところでわたしの両親に連絡をしたりしてくれているのを知っている。

先日、開化堂で銅の茶筒を買った。これから二人で茶筒の色の変化を見ながら暮らしていきたい。
開化堂では創業当時の百四十年前の茶筒を見せてもらった。時間の溶け込んだ、渋い黒い茶筒だった。わたしたちはふたりの茶筒を百四十年も見守ることはできない。できて三、四十年だろう。
あと、たった三、四十年で夫とのこの日々が終わってしまう。信じられない。

春は、息が白く漂う早朝に目黒川沿いの満開の桜のトンネルを歩く。自販機でカフェオレの温かいのを買う、色白の夫の鼻の頭と耳たぶが紅くなる。
夏は、三軒茶屋の赤鬼で絶品のとうもろこしの天ぷらを食べる。この季節限定の赤鬼PBの十四代の甘い日本酒を飲む夫はご機嫌に見える。
秋は、東京国際映画祭のために六本木に通ってコンペティション選定担当者の顔を毎日見る。夫はコンペ作品がつまらなかった時は、つまらないとは言わずに「(その担当者と)映画の趣味が合わない」と言う。
冬は、何十億年も前の星の光がふりそそぐ中で雪見風呂に浮かぶ。マッサージ師には必ず「何かスポーツしてるんですか?」と聞かれるほど恰幅のいい夫は旅館の浴衣が似合う。夫は時々思い出したように「痩せたい」と言うが、絶対にベン・アフレック方面に舵を切った方がモテる。

「わたしたちが死んだらこの茶筒どうしよう?」
「譲る人もいないしね」
「終わっちゃうね」

そんな話をした。
終わることは怖い。
いつか終わってしまうまで、どうかよろしくお願いいたします。お誕生日おめでとう。