きみはわたしの人生をめちゃくちゃにしにきたみどりの風

愛する子どもとの生活 不定期更新(わたしは記録を諦めない!)

4月25~30日

4月25日

午前中は短期の体操教室、午後はピアノ教室。
体操教室では「さすがCO!」と言われるようになっており、子どもは得意気だ。やはり、運動する習い事は向いているなと思う。
ピアノ教室の後は、ポケモンGOに再登場したキョダイマックスリザードンをゲットするために東奔西走。人数が集まっているので、キョダイマックスリザードンを倒すことまではできるが、なかなかモンスターボールに入ってくれず、「神様!!!どうか!どうか!!!キョダイマックスリザードンをとらせてください!!!!!」と祈り倒していた。
結局4回戦って、2匹ゲットした。2匹とも個体値はいまいちだったが、図鑑には登録できたのでうれしそうだった。


4月26日

近隣自治体のスポーツフェアに参加した。陸上競技場のトラックで50メートルを走り、芝生の上でサッカーボールで遊んだ。
午後は先日行ったプレーパークに遊びに行き、前に遊んだお兄さんお姉さんとまた会うことができて遊んだ。小学5年生のお兄さんが「毎週日曜日にきますよ!」と言ってくれる。わたしが小学5年生だった頃は、自分より幼い子と遊んであげるキャパはなかった。遊んでくれるお兄さんお姉さんに申し訳なくて「一緒に遊んでくれてありがとうね」と言うと、「ともだちなんで遊びますよ!」と笑ってくれる。子どもも「また日曜日に遊ぼうね!」と喜んでいる。
お兄さんお姉さんもすごいが、子どももすごいと思う。わたしが4歳だった頃に知らない小学5年生たちと遊ぶ勇気もなかった。自分の子ども時代にこういう関係を築いたことがないので、心から子どもたちが眩しい。なるべく会いに行けるようにしたいけれど、休日は想像以上にやるべきことが多いし、行きたい場所もある。近いわけでもないプレーパークに頻繁に連れて行くことができないことがわかっているから、苦しい気持ちもある。


4月28日

メモ忘れ。

4月29日

ガストのポケモンコラボで「フレンダピック」をもらったので、ポケモンフレンダというゲームで初めて遊んだ。ヤバいゲームを始めてしまった気がする。
子どもが寝た後、雨の中遠くの映画館まで自転車をこいで『プロジェクトヘイルメアリー』を観に行った。とにかく原作が大好きで映画をたのしみにしていたこともあるし、久しぶりに子ども向けではない映画を映画館に観に行くという行為自体にとても気分があがった。
深夜に静まり返った家に帰ってきて、寝室でぐっすり眠る子どものとなりに横たわり、子どもの大きくなった背中が呼吸で静かに膨らんだりしぼんだりするのを見ながら、世界があまりにも美しいことに泣いた。


4月30日

「きのう夜起きたとき、ママがいなくて、リビングの電気がついてた。ママが帰ってくるのを待ってたけど、気がついたら寝ちゃったみたいで、今度鼻かみに起きたらママがいた。ママ、映画館から無事に帰ってきてよかった」
朝目覚めて一番に子どもがそう言ってくれた。

4月19~24日

4月19日

夫が仕事で不在のため、二人でたけのこ掘りに埼玉県へ。
わたしの頭がうまく働いておらず、間違ったバスに乗ってしまい、たけのこ農園とは真逆の方面に行ってしまった。予約時間までに農園までたどり着くにはタクシーを捕まえるしかないが、タクシーなど走っていない。配車アプリでタクシーを呼ぼうとするも、全然近くにいない。農園に「予約時間に遅れます!」と電話しながら、子どもに「タクシーを見つけたら手を挙げて止めてくれ!」と伝えた。すると「ママ、タクシー来たよ!」と子どもが言うではないか。「え!」と驚く間もなく、手を挙げる子どものところにタクシーが止まった。奇跡だ。やはり、子どもは奇跡の子だ。
無事にタクシーに乗った子どもは「おれがこのタクシー見つけたんだよ。タクシーに乗れてよかったよ。たけのこ農園まで歩くところだったよ」と運転手の方に話していた。たけのこ農園に着いても農園の方に「ママがバス間違っちゃってさ。おれがタクシーを見つけたんだよ!」と誇らしげに話していた。

たけのこは、子どもが農園の方と一緒に掘り出した。

たけのこ掘りの後は「トトロに出てくるみたいな道だね」と言いながら田舎の道を歩いて、所沢航空記念公園に向かって、公園でお昼ごはんを食べた。途中子どもは、あぜ道に咲くナガミヒナゲシをたいそう恐れていて「やだ。この道。ナガミヒナゲシたくさん咲いてる」と言って、からだを小さくして走っていた。
しかし、家に帰ってから子どもが「きょうの思い出!」と言って描いた絵には、たけのこではなくナガミヒナゲシだった。


4月20日

夜、子どもは自分の枕ではなくわたしの枕に頭を乗せると「ママのところで寝てるみたい」と言って、満面の笑みで寝ていった。ちいさな喜びを見つけるのが上手な子どもに、わたしはいつも幸せにさせてもらっている。
宇多田ヒカルの『道』という歌が昔から好きだ。今までは、わたし自身がつらいときに、わたしの歩くこの道の先にいる尊敬する人を思う歌だった。でも今は、わたしの子育ての目標のような歌だ。
いつか、子どもがひとりで戦わねばならぬとき、子どもにわたしを思い出してもらいたい。遠く離れていてもママが応援してくれているって、ひとりだけどひとりじゃないって、そう子どもが思えるような、そんな子育てがしたいし、そんな親になりたい。がんばりたい。


4月21日

保育園の帰り道、子どもが突然ズザーっと転んだ。「起き上がれないぃぃいい!!!ママ起き上がらせてよぉ!!!」とブチ切れている。「痛かったね。かなしいね。怖かったね」と言いながら起き上がらせた。
その後、少しぼーっとしていたのか、わたしは子どもを乗せたまま自転車を電柱にぶつけてしまった。子どもの足も電柱に当たってしまい「痛い!!!!!ママのせい!!!!!」と子どもは大泣きした。
家に帰ってお風呂に入るときは、転んだ際に擦りむいた膝にお風呂のお湯がしみるのがこわくて大泣きしていた。そんな時はいつも、シャワーで水を傷にかけながらお風呂に入れるので、今回もそうしようとしたら、子どもに「しみるのヤダ!!!!」とシャワーヘッドをはねのけられ、わたしの頭にシャワーヘッドが当たり、全身に冷たい水を浴びた。
一気に自分が沸騰するのがわかった。子どもは「ママごめんなさい!」と言っている。わたしは子どもの顔を見られないまま「もういいよ!」と強く言って、その後何も声を出せなかった。
わたしはここまでの全部にムカついていたんだと思う。自分の気持ちを抑えに抑えてきたから、ついにここで爆発しそうになっている。いや、爆発してしまった。子どもが罪悪感で怯えている。それはわかっている。今わたしがすべきことは、怒っていないこと、そして自分の心の動きを隠さずに伝えること、謝ることだ。
頭を洗いながら、必死に気持ちを落ち着けた。自分の感情に負けて怒れば後悔しかないのはもう知っている。
シャンプーを流した後、わたしは子どもを見て「ごめんね。ママ、怒りの気持ちに支配されちゃってた」と誤った。子どもは安心したのか「おれ、しみるのがこわかったから投げちゃったの。ごめんねママ」と言って、わっと泣いた。
今回も子どもを不安にさせてしまったけれど、すぐに気持ちを切り替えて子どもの不安を最小限にしようとすることが、前はできなかった。少しずつ積み上げてきたからこれだけで済ませることができたのだ。次はもっとよくできるって信じられる。


4月22~24日

メモ忘れ。

4月15~18日

4月15日

仕事と保育園を休んで、小金井公園へ遊びに行った。
ふわふわドームで遊んでいると、リュックを背負った保育園の子どもたちがやって来た。彼らは高度な精神性を必要とする争いをしていたので、年長さんだろうなと思っていたら、引率の先生に「小学生ですか?」と声をかけられた。「年中です。きょうは保育園を休んで遊びに来ていて」と答えた。先生は「ね、ね、年中!?」と漫画みたいに驚いた後「この子たちは年長なんですけど……大きいですね」とまじまじと子どもを見ていた。子どもは小学生に間違えられてうれしそうだった。
年長さんたちがいなくなった後、今度は別の保育園の子どもたちがやってきた。こちらは、見るからに年中さんだった。子どもと同じ幼さだ。子どもが「ママ、みんな何歳か聞いて!」と何度もわたしに言うので、しかたなく引率の先生に「すみません、この子は年中なんですけど、みなさんは何歳クラスですか?」と聞くた。するとこちらの先生も「え!年中なんですか!」とひとしきり驚いたあと「一緒です!この子たちも年中です。え、大きいですね!」と言っていた。それを聞いた子どもは、またうれしそうににやにやしていたが、なんだかわたしが子どもの大きさを誇るために、保育園の先生に声をかけまくっている人間みたいになっている気がした。
お昼ごはんを食べにふわふわドームを去ると、子どもが「前の保育園の先生はけっこう怒ってたね。今の保育園の先生は笑顔でいいよね」と言っていた。


4月16日

お風呂場で質問大会が始まった。

CO「ママが世界で一番名前が素敵だと思う人は?」
わたし「COだよ。ママとパパが考えた名前だし」
CO「そうだと思った!」
CO「ママが世界で一番眼鏡が似合うと思う人は?」
わたし「COだよ。だってCOはママのたからものだから」
CO「そう言うと思った!」
CO「じゃあ……」

これが10ターンくらいつづいた。
何度聞かれようと、変わらない答えを聞かせてあげるよ。

寝る前は、こんなかわいいお花畑をキャンプ場に作っていた


4月17日

メモ忘れ。


4月18日

朝から腹痛と吐き気に襲われ、一日家から出られなかった。
子どもは「ママ、大丈夫だよ」「ママ、きたよ」「ママ、ぎゅーするよ」と言って、わたしの転がっているベッドに何度も来てくれた。
夜に寝るときは、いつも子どものいる方向(左)を向いて子どもを抱きしめて眠るが、腹痛のため体を右下にしてしか横たわれず、子どもを抱きしめることができなかった。いつもと眠る体勢が違うので、子どもはなかなか眠れないようだった。わたしは仰向けになって「ママはぎゅーできないけど、これならCOはママをぎゅーできるかな」といった。子どもはわたしの左側からわたしに抱きつきながら、足をわたしのからだに巻きつけた。
子どもの呼吸が少しずつゆっくりになっていって、ああ、眠れそうだな、よかったと思ったら「ママ、姿勢変えていいんだよ。おれのことはいいから、ママが楽な姿勢にしていいんだよ」と言って寝ていった。

4月9~14日

4月9日

メモ忘れ。


4月10日

子どもは保育園で、初めて「はないちもんめ」で遊んだようだ。
わたしは、はないちもんめが大嫌いだった。選ばれずに最後まで残ったらどうしようという不安で吐きそうになりながらともだちと手を繋いで、手汗でびっしょりになった。自分が選ばれてほかのともだちが選ばれないのを喜んでしまうことも惨めだった。自分がどうしようもなくくだらない人間になってしまう、あの絶望的な気持ちは、今でも鮮明に思い出せる。というか、わたしの心に棲みついた不安の怪物の一部を構成している。
子どもにそのことを伝えると「おれは平気。選ばれなくても別にいいもん。A先生(担任)は女の子チームで参加したけど、おれ、選ばなかったからずっと残ってたよ」と言っていた。
トイレの前に、カレンダーをかけているのだが、トイレのドアを開けて「5月はおれの誕生日があるから、ずっとカレンダーめくったままおさえてて。おれの誕生日を見ると幸せな気持ちになるから」と言ってうんちをしていた。


4月11日

今週から、近隣自治体の短期の体操教室に通う。
子どもは、顔を真っ赤にしながら、ずっと動いていた。最初は「ママじゃなきゃやだ」なんて言って緊張していたのに、いつの間にか体操教室の先生たちに「おれ保育園でもやってるから!」などと話しかけていた。
ピアノ教室でも簡単な発表をした。人前でピアノを弾くなんて人生初のはずなのに、堂々と弾いていた。


4月12日

お昼ごはんを食べてから、少し遠くの初めてのプレーパークに遊びに行った。
泥んこで遊べるのがいいなと思って、お着替えセットも万全だったのだが「泥んこなんてやだ。顔だけは絶対に嫌だ」と言って決して泥んこエリアには近づかなかった。焚き火をしたり、3メートルほどあるだろう危険な滑り台に登れないでいる子どもを見て、滑り台の上からお兄さんが「脚につかまっていいよ!」と脚を差し出してくれた。滑り台はなにせ3メートルほどあるので、わたしが下から子どもを押し出して登らせるのにも限度があり、しかし子どもは絶対に登りたいという意気込みだったので、お兄さんに「お願いしていい?でもまだ4歳なの!無理させないで!!!」と伝えた。「え!4歳ですか!でっかいですね!1年生かと思った!わかった、任せて!ほら、脚掴んで!」とお兄さんは言って、子どもを滑り台の上に引き上げてくれた。
Sくんという小学5年生のお兄さんは、プレーパークに1年半通っているらしい。たくさんケガもしていると誇らしげに言っていた。その後、Sくんと、Sくんの弟さん(小学1年生)のHくん、Sくんの同じマンションのMちゃんと遊んだ。子どもは大きいお兄さんお姉さんが大好きなので、とても楽しそうだった。Sくんが「ぼく、毎週日曜日来るんで、また来てください!」と言ってくれた。また日曜日に会えたらいいね、といってバイバイした。


4月13日

「ツツジはおれの誕生日をお祝いしてくれる花だ。もうすぐ誕生日だよってお手紙をくれてるみたい」と詩的なことを言っていた。


4月14日

メモ忘れ。

4月4~8日

4月4日

新年度になって、心身ともに疲れもあるだろうと思い、土日は家の周りで遊ぶことにした。
子どもの制服のジャケットには、恐竜のワッペンが付いているのだが、新年長さんに「そういうのは付けちゃダメなんだよ」と注意されたらしい。「ダメなの?」と子どもに聞かれたので「制服にワッペンをつけてはいけないっていうルールはないよ」と話した。そのそも、制服が任意だ(任意だが、3歳児クラス進級時に全員が購入する空気はある)。「園長先生も何も言ってないもんね」と子どもが言うので「園長先生が『ワッペン付けるな』って言ってきても、そもそもそんなルールはないんだから、園長先生の注意なんてどうでもいいだよ」と言いそうになったがやめた。これはわたしのひん曲がった考えかも知れない。園長先生に言われたらワッペンを外さなきゃいけないと考えるのが普通の可能性もある。自分のことなら自分の考えで貫き通せるけれど、子どものこととなると「一般的にはどうなんだろう」を考えなければならない。
『ポケモンZA』のプレイ時間も、年中さんになったのでチケット4枚分=80分になった。屋根伝いに歩かなければ暴走メガシンカポケモンの場所に辿り着けないのだが、いかんせん歩く場所が細いため、何度も屋根から落ちて、悔しくて泣いていた。


4月5~6日

メモ忘れ。


4月7日

朝、体温を測ったら37.5度だった。子どもは「やったー!保育園休みだ!」とはしゃいだが、しばらくして測り直したら37.0度に下がっていた。無事に登園。
きょうは休めると思った分、子どもは登園するのが辛くなってしまったようなので「かわりに金曜日に休んで遊ぶのはどう?ママお休み取るから」と提案した。0.5秒で喜ぶかなと思っていたのに、子どもは顔を曇らせて「金曜日はシーツの持ち帰る日だから休んじゃダメかも」とか「風邪も引いてないのに休んじゃダメかも」と不安がっていた。いろんなルールを知ってるし、その上でいろいろ考えていることに驚いてしまった。というか、わたし42歳はそんなこと考えたこともない。
保育園から帰るとき、登園リュックに着けていた、森美術館のキーホルダーを落としてしまった。「探してよ!!!」と子どもが言うので、保育園まで戻って、帰り道をたどって探した。しかし、当の本人はポケモンGOをやめることなく全く探さなかった。それなのに家で「見つけるまで探して!」などとグダグダ言われたので、反射的にキレてしまった。
我が家は家に帰った後すぐにお風呂に入る。わたしは子どもの身体を洗いながら、少しずつ気持ちを切り替え、子どもに謝ろうと思った。するとわたしが言葉を発するより早く、バスタブの中で背を向けていた子どもが振り返り、一生懸命心から言葉を絞り出して言った。「ママ、自分のものなのに、探さなくてごめんなさい」。言葉を絞り出しながら子どもも泣いていた。そんな子どもの姿に、わたしも泣きながら謝った。「ママなのに、あんな怒り方をして、怖がらせてしまってごめんね」。すると子どもはにこっと笑って「いいよ。ママもおれが後ろ向いてたときに、謝りたいって考えてたの?」と聞いた。そうだよとわたしが答えると「おれもママに謝ることを考えてたんだ。一緒だね。ぎゅーしよう」と言った。


4月8日

きのう落としたキーホルダーを保育園の帰りに歩きながら探した。なんと二つとも見つかった。ふたりで飛び跳ねて喜んだ。小学校の入学式を終えた元年長さんが保育園に遊びに来ていた。新小学1年生の晴れ姿を見た子どもは「おれは青色のランドセルに、黒と白のしましまのネクタイ、黒のシャツがいい」と言っていた。

4月1〜3日

4月1日

雨の進級式。子どももついに年中の年になった。保育園に通うのもあと2年だ。
そういえば、去年も雨だった。去年、夫が誕生日プレゼントにくれた『ラ・ラ・ランド』の主人公がしていたネックレスと同じネックレスを進級式の日に失くしたのだった。保育園にも聞いたし、周りも探し回ったのだが見つからなかった。あのネックレスは今どこにあるんだろう。


4月2日

数日前から、寝る直前の読書を『ゲド戦記』から『ルドルフとイッパイアッテナ』に変更した。
『ゲド戦記』は影との戦いの半分くらいだが、影がゲドに追い付いてきたので、子どもが「こわい」と怖がるようになった。もっとたのしい話がいいなと、思いつきで『ルドルフとイッパイアッテナ』にしてみたが、今のところ子どもに大ハマりしている。


4月3日

子どもが憧れていた、元年長さんのIくんが小学生になり、学童で苦戦していると聞いた。学童にともだちがいなくて、ひとりでずっとあそんでいるとのことだった。COの場合、保育園から同じ公立小に進学するのはKくん一人だけだ。保育園のおともだちど同じ学童に通えるかどうかは運次第なのだろうけれど、せめて学童の申込時点では「同じ学童に申込みしませんか!」とKくんママに相談しなければと思った。そしてそこまでにKくんママとそれなりに仲を深めておかなければならない。
年中になったので、金曜日は試験的に就寝時間を19時45分にすることにした。「これから、毎週金曜日は、長い針が9まで自由時間だよ」と言うと「えー!すげえ!9まで!?やったー!!!」と喜んでいた。子どもは非常に厳しい生活リズムを守ってくれている。

3月28~31日

3月28日

朝一番で、映画館に『きかんしゃトーマス いっしょに歌おう!ドレミファ♪ソドー島』を観に行った。子どもは特にトーマスが好きなわけではないが、前回映画を観に行った際に館内のポスターを見て「これ観たい!」と言っていたので連れてきた。子どもが「観たい!」と言った映画は、年齢で制限されていなければ、全て観に行くことにしている。
午後はピアノ教室。いつも周りのおともだちを巻き込みながらふざけて先生に注意されているのに、きょうは真面目な顔で先生の話を聞いていた。先生にも「どうしたの、優等生になったの?」と訝しがられていた。突然成長してしまったのだろうか。
また、エレクトーンで子どもがクラリネットの音を作っていたら、先生に「おもしろい音発見したね。COくんがおもしろい音発見したから、みんなもそれにして弾こうか!」と言ってもらえて「先生にほめられた」とうれしそうにしていた。


3月29日

近隣自治体の桜まつりに、いとこ家族を誘って参加した。
いとこたちと一緒に、プラバン制作や工作でお弁当を作ったり、フアフア遊具で遊んだり、ヒーローショーを途中退出したりした。今でもヒーローショーに出てくる言葉遣いの悪い悪役は苦手なようだ。
子どもは、もうすぐ小学1年生になる甥っ子とノリが合うようで、とてもたのしそうだ。子どもはかっこいいものが好きなので、採用している一人称は「おれ」だが、しゃべり方はとてもかわいい。「ママァー」と呼ぶ声は砂糖菓子のようだ。だが、甥っ子といるときの子どもは別人だ。「ママ!!!!」「うるせえ!!!」などと声を張り上げて甥っ子と戯れている。
いとこたちとの別れ際には毎回号泣していた子どもだが、きょうは泣かなかった。子どもに「きょうは泣かなかったね」と言うと「また会えるからいいかって思った」とけろりとしているので「未来がわかるようになったんだね」と話したら「未来って何?」と言っていた。


3月30日

きのうのお弁当工作が楽しかったのか、寝る前に家にある材料でお弁当を作っていた。家で工作をするのは珍しい。


3月31日

子どもがまた鼻水を出している。そのせいでよく眠れなかったようだ。わたしも子どもが鼻をスンスンするたびに一緒に起きるし、子どもが寝ても眠れないので寝不足になるが、朝に不機嫌大爆発することが少なくなった。寝不足はつらいが、不機嫌大爆発した後の罪悪感の方がきついので、罪悪感の重さを思い浮かべて自制できるようになった。
明日から年長さんがいなくなる。